『GRIT やり抜く力』
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける
- 作者: アンジェラ・ダックワース,神崎朗子
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2016/09/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本と出会ったのは、去年の3月のこと。
卒業後のやりたいことが明確でなくて、迷っていた時期。
お世話になっている経営者の方に、ほんとうに夢中になれるものがないと相談したときに、この本を紹介されたのだ。
やりたいことはあるけれど、成果がでないと悩んでいるひとにおススメの本。
才能への先入観
「才能」という言葉を聞いて、なにを思い浮かぶだろうか?
誰かが、新聞紙にのったり、テレビで取材されるのを見ると、世間ではそのひとを「並はずれた才能の持ち主だ!」として、あがめたりする。
しかし、才能を過大評価し続けてしまうと、自分自身を過小評価することにつながるという。
たまに、「あいつは、天才だ!」っていうことはあるのでは?
最近でも、テレビで放送されている大谷選手の二刀流を見て、「あいつは100年に一人の逸材だ。。。」とため息をついて、ニュースをみるひとも多いんじゃないかな。
だれもが「才能」に対して無意識に、先入観を持ってしまうという。
「楽をするために神格化する」
かの有名な哲学者のニーチェはこういった。
「あまりに完璧なものをみたとき、我々は『どうしたらあんなふうになれるのか』とは
考えない」。その代わりに「魔法によって目の前で奇跡が起こったかのごとく熱狂してしまう」。
これを聞いて、頭に浮かぶのはやはり、大谷選手。
生まれつき身長が高くて、身体も柔らかくて、運動神経もよくて。
ようするに、「大谷選手は生まれながらの野球の天才なんだ。あんな才能は誰にもないし、技術も真似できない」と思ってしまう。
『あの人は超人的だ』。
神格化してしまえば、自分は凡人。努力しても意味がないと、楽をすることが出来る。
そこで、ニーチェは偉業を成し遂げたひとを「職人」と考えるべきだという。
職人は、輝かしい完成の瞬間よりも、むしろ細部をおろそかにせず丁寧な仕事をすることに喜ぶ。
野球選手の大谷選手も、見えないところで毎日身体のケアをしたり、厳しい練習を積みかさねているのだ。
天職
本当に好きな仕事に打ち込んでいるひとを見ると、うらやましくなってしまうことはないだろうか?
しかし、そのひとも、一生かけてやりたいことが見つかるまでには、かなりの時間がかかった場合が多い。
ぼくの知り合いのおばあちゃんも、60歳で福祉の仕事から、いろんなひとが集まれるような、絵を飾るギャラリーを開くという夢を叶えた。
いつ、やりたいことが見つかるかなんて、わからない。
このブログを読んでいるひとでも、自分に合う、新しい仕事を探しているひとがいるかもしれない。
この本では、いまやっている仕事も考え方を変えれば、やりがいのある仕事になりうると書いてあるのだ。
あるレンガ職人の寓話がある。
あるひとがレンガ職人に「なにをしているんですか?」と尋ねた。
すると、3人とも違う答えが返ってくる。
1番目の職人は「レンガを積んでるんだよ」
2番目の職人は「教会を作ってるんだよ」
3番目の職人は「歴史に残る大聖堂を作ってるんだよ」
1番目のレンガ職人とってレンガ積みは、生活するお金をもらうための「仕事」
2番目のレンガ職人にとっては、もっといい仕事へ移るための「キャリア」
3番目の職人は、人生で一番大切だという「天職」を意味する。
どの職業も、この3種類に分けられるという。
3番目の天職はどうやったら、見つかるのだろうか。
ほとんどのひとが「いつか、自分に合った仕事が見つかるはずだ!」と完成形を求めてしまう傾向にあるという。
しかし、天職との出会いはいまやっている、仕事にもあるのだ。
清掃員でも、事務員でも、教師でも受け身の姿勢ではなくて、どんな仕事でも考え方を変えるだけで「天職」になる。
「歴史ある大聖堂を作っているんだ」といった、レンガ職人のように。